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2017年05月31日

地方議員選ビラ解禁へ

 以下、25日の日経新聞です。

 与野党は25日、都道府県議会や市、特別区議会の議員選挙で現在認められていない選挙運動用のビラ配布を解禁するための公選法改正案を今国会中に成立させることで大筋合意した。6月に衆院政治倫理・公選法改正特別委員会の委員長提案で衆院本会議に提出する方向。2019年の次回統一地方選からビラが配布できるよう施行される見通し。

 選挙運動用ビラを巡っては、1975年の公選法改正で衆院選や参院選で配布が解禁。都道府県知事選や市区町村長選では07年から認められ、ローカルマニフェスト(公約集)として注目された。一方、都道府県議選などでは認められておらず、全国市議会議長会などが国に解禁を要望していた。

 民進党が3月の特別委理事懇談会で改正案を提示。自民党も各都道府県連にアンケートを実施するなど検討を始めた。自民、公明両党は5月25日、民進党案に一部修正を加えた案を各党に提示し、民進党も受け入れる方向となった。

 修正案によると、配布できるビラの上限は都道府県議選で1万6千枚、政令指定都市の市議選では8千枚、政令市以外の市議選と特別区議選は4千枚となっている。各議会が条例で定めれば、作成費用を公費でまかなうことができる。町村議会の議員選挙は配布解禁の対象外とした。


 これまで地方議会議員選挙では、チラシの配布は禁じられていましたが、首長選同様に都道府県と市区の議員選挙ではチラシの配布が可能になるようです。

 市議選で4000枚のビラに証紙を貼る作業は、私のように組織を持たない人間にはとんでもなく大変な作業です。結局のところ、組織選挙を展開する候補者がこういうことには強く、組織に頼る内向きな議員を多数生み出すことになりかねません。新規参入の障壁になることは間違いないでしょう。立候補の届け出の際に証紙を受け取ることになるので、公選はがきとは異なり事前の準備はできません。それでもチラシに証紙を貼るだけならどうにでもなりますが、初日は選挙活動を行いつつ、ポスター掲示をしなくてはなりませんからね。

 また、首長選挙同様に、条例を制定して作成を公費で賄う仕組みを構築することも可能となるようですが、少なくとも地縁、血縁が選挙に大きく影響する羽生市において、どれだけの費用対効果があるのかと言えば疑問を感じざるを得ません。

 過去、私は一般質問で取り上げ、選挙管理委員会からは前向きな答弁をいただいていますが、選挙公報の紙面を拡大し、各候補の表現の幅を増やすだけで十分に賄えるのではないでしょうか?

 ビラの解禁を全て否定するつもりはありません。しかし、これは選挙の実情を全く理解していない役人が組織選挙を常道とする人々の声を偽善的に吸い上げたように思えてなりません・・・。

 4000枚なんて大したことないんじゃない???と思う人がいるかもしれません。ご自身で選挙をやってみれば、このことがどれだけ大変か容易にご理解いただけると思いますよ。

posted by Nakcy at 21:04| 私的主張 | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

個人情報偶感

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 今朝の読売新聞朝刊1面の政府広告です。5月30日から個人情報保護法の適用が広がり、これまでの企業や行政だけでなく、自治会や同窓会を含めたすべての団体が対象になります。

 5月30日 個人情報保護法 (←クリック)

 部分的に個人情報をさらけ出さざるを得ない立場の人間が申し上げても説得力はまるでありませんが、我が国においては、ちょっと個人情報、中でも住所や電話番号について些か過敏になりすぎてるように思えてなりません。我が家は区画整理地内であることから、換地処分以降住所表記が変わりました。そんなことから業者が個人情報保護法が施行される前に市役所で入手したであろう古い表記の住所で学習塾や晴着のDMに鬱陶しさを感じることはありますが、それはそれとして割り切っています。

 個人情報保護法が施行されてから、表札を出さない住宅が増えました。立場柄、仕事柄から定期的にゼンリンの住宅地図を購入しますが、表札が出ていない住宅には地図上も名前が入っておらず、不便に思うことが多々あります。郵便局や宅配業者はさぞかし作業効率が悪くなってしまったことでしょう。

 個人の価値観も大きく変化し、住所や電話番号に関して過敏に反応される方が多くなったように思います。

 しかし・・・。。

 住所や電話番号に関して過敏に反応するにもかかわらず、facebookやTwitter、instagramなどのSNSで個人情報をさらけ出している方をみると、その価値判断はどのようになっているのか???不思議に思えてなりません〜。

 個人情報保護法。時代の変化によるものであることは明らかです。必要な面もあることは充分に理解していますが、世知辛くなった状況に一抹の寂しさを感じます・・・。

posted by Nakcy at 22:29| 私的主張 | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

本日偶感

 午後からバイクに跨り走っていると、ふらふらしてしまうほど、強い風が吹き始めました。北の空には黒い雲があったので、その方角では通り雨が降ったことでしょう。

 市内各方面にポスティングを行っていると、度々「反応」があります。手紙だったり、メールだったり、電話だったり・・・。手紙や電話の場合はご高齢の方が多く、メールは若年層が多いという傾向があります。「反応」と言っても私にとって気持ちの良いものもあればそうでないものもあります。手紙は激励と批判で半々。メールは激励でも批判でもなく、問い合わせが多く、電話は確実に批判か苦情です。どの場合も匿名であることが多いのは変わりません。

 とは言っても、過去には差出人の名前が書かれた脅迫文が届いたこともありましたけどね。(笑)この差出人は「我々は社会正義のため〜」なんて言葉を使っていましたが、「正義」なんて言葉は、子供がよく見るスーパー戦隊もののTV以外で軽はずみに使うものではありません。

 話は戻り、匿名で電話をいただく場合、携帯電話からではなかなか相手は特定できませんが、固定電話からですとご自身がいくら名乗らなくても特定できる場合が多くあります。個人が特定できなくても、電話では強い負のエネルギーを私にぶつけることから、その地域に配布してから時間を要せず私の携帯電話を鳴らす傾向があるため、どこら辺の地域にお住いなのかはなんとなくわかります。

 ポスティングの際、「市議会議員の中島」と名乗っただけで、家主さんに怒鳴られ、罵倒されることもあります。

 世の中、いろんな方がいらっしゃることは百も承知ですが、褒められ、煽てられれば悪い気はしません。しかし、罵詈雑言を並べられては心中穏やかではいられません。

 いろんなことがありますが、駅頭活動と印刷物のポスティングと街頭演説は私の政治活動、議員活動の原点です。初志貫徹。これからもめげることなく続けます!

posted by Nakcy at 21:27| 私的主張 | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

あれから22年

 平成7年(1995年)1月17日(火)、22年前の今日、阪神・淡路大震災が発生しました。当時私は22歳。神奈川県の児童施設で大勢の子ども達と寝食をともにしながら、日々の生活に追われていました。恥ずかしながら、テレビや新聞などはほとんど目にすることがなかったので、事の重大さを理解するにはかなりのタイムラグがあったことを覚えています。兵庫県出身の友人からは、現在でも当時の惨状を度々耳にします。

 東日本大震災の翌年、淡路市に防災について視察で神戸からの淡路島への移動の際、タクシーの運転手さんから当時の三宮駅前の様子、倒壊したビルとしなかったビル、明石大橋からは震源地とされる場所まで説明をうけ、当時の報道では知ることができなかった写実的なお話を多数伺わせていただきました。

 また視察先の淡路市役所では当時の映像も交え、自然災害に備えるべく自助の重要性、地域防災の重要性について説明を受けました。公助ではなく自助です。

 大きな災害が起こった際、市職員の対応がなってない!!!と隊をなして市役所に乗り込む前に、まず自分自身で備えること、家族で備えること、地域で備えることが重要です。羽生市役所の職員の人数はもっとも多かった時期と現在を比較すると80名弱少なくなっています。その反面、地方分権の名のもと、多くの事務事業が国や県からおりてきているということも知っておく必要があるでしょう。

 政治が、行政が防災について出来ることを考え、政策として具現化することも重要です。しかし、3月11日の震災後、羽生市においては人々の自助の理念が失われていることを私はこの身を持って知りました。

 羽生市は自然災害が極めて少ない土地です。急な山があるわけでないし、津波や高波の心配もありません。豪雪もありません。内陸に位置していることから台風は勢力を弱めて上空を通過します。こういった理由から行政への依存心が強いという住民性があるのです。

 もちろん行政の役割も重要です。しかし、大きな自然災害が起こった際、人々の生活にもっとも身近な市役所の機能が一時的に麻痺してしまうことは歴史が物語っています。われわれはそのことをしっかりと想定をして備えなければいけません。

 防災の意識を高めて、改めて身の回りを確認する日にしていただきたいと考えています。そして、平時のときこそ自助と公助について是非ともご一考ください。

posted by Nakcy at 21:53| 私的主張 | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

12月定例会告示と羽生市の国際交流

 12月定例会が告示となり、関連する資料を取りに行くとともに、そのまま控室にて議案の確認と一般質問の原稿作成です。関連して羽生市の国際交流の考え方について担当課に確認をしました。具体的には11月上旬から中旬にかけてベルギー王国ディルブイ市の来訪での羽生市の対応について。特に先般行われたキャッセ羽生での石のモニュメント除幕式のあり方についての確認です。

 きちんとしたフランス語、英語の通訳をつけなかった理由。フランス語とオランダ語が公用語である国の人がなぜ英語でスピーチをしなくてはならなかったのか?についてお話を伺いました。

 それぞれ事情があったということは理解できましたが、やはりセレモニーにはきちんとした通訳をつけるべきであったし、自分の国の言語でスピーチをしていただくべきでした。

 逆の立場となり、我々が国際交流の場で外国を訪問した際、現地語や日本語でない言語でスピーチをしなければならなかったり、我々の言葉をきちんと現地の言語に訳していただけていなかったとしたら心中穏やかではいられないでしょう。

 日常使用する言語はその国の文化、伝統そのものです。意思疎通が出来る、出来ないとはまた別の問題。blond Caucasianはみんな英語を話すわけではありません。その国の言語はもっとも尊重されなくてはならないものと私は考えます。

 前々市長の指揮のもと、平成元年の総合振興計画で始まった羽生市のベルギー村構想。その後ディルブイ市と姉妹都市締結したのは平成6年。当時のベルギー村構想の詳細について理解している市職員は何人もおりません。議員に至っては1人もいません。今回は日本とベルギーが国交を結んで150年を記念しての交流でした。デュルブイ市との交流が10数年滞っていたのも事実です。しかしながら、せっかくのご縁なのですから精一杯敬意を払い大切にしなくてはいけません。


 言語つながりでちょっと豆知識。国連の公用語は英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、アラビア語。その他世界的機関で使われる言語は英語、フランス語を軸として、スペイン語やロシア語が加わります。なぜそうなったのかは世界近代史を見ればすぐに理解出来ることでしょう。

posted by Nakcy at 22:38| 私的主張 | 更新情報をチェックする