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2018年03月21日

臨床心理士の視点

 本日、文春オンラインにアップされた臨床心理士 岡村美奈氏の分析記事です。備忘録として転載します。


〜「なぜ谷岡学長の会見は逆効果だったのか」臨床心理士が分析する

この会見はまずいでしょう……と、テレビの前で思わず呟いてしまったのは、至学館大学の谷岡郁子学長の記者会見だ。谷岡学長は、日本レスリング協会の強化本部長で至学館大学レスリング部の監督を務める栄和人氏に対して、伊調馨選手へのパワーハラスメントで告発状が出されたことについて反論した。だが、これが完全に逆効果。共感よりも、世間の反感を買った。


「自分がどう見えるのか」に注意を向けていなかった

芸能人やアスリートの会見と違い、組織のトップやリーダーにとって、会見の失敗は、自身だけでなく所属する組織の評判やブランドを損ねかねない。それぐらい、学長と日本レスリング協会副会長という立場にあればわかっているはずだろうが、会見そのものがパワハラに見えただけでなく、聞いているうちに、「学長によるパワハラもあるのでは?」という疑念が振り払えなくなった。

 ではなぜ、学長の会見はそんな風に見えたのだろうか。その理由は、発言内容だけではない。学長が「自分がどう見えるのか」、「発言がどう受け取られるのか」に注意を向けていなかったからだと思う。

 経歴を見れば、それも当然のことかもしれない。学長としての長いキャリア、政治家としての経験、日本レスリング協会副会長という立場から、誰もが自分の話を聞き、忖度されるという環境があったのだろう。でも会見は、組織内での発言や講演とは性質が違う。学長はそこに気がつかず、いつも通りマイクの前に座ったのかもしれない。

 まずは、感情の表し方だ。「怒りは沸点に達した」と発言した谷岡学長は、その怒りを冒頭から露わにした。公の場であれだけ怒りを露わにできるのは、日常的に人前で感情を露わにしているからであり、マイナス感情をぶちまけても、ぶつけても批判されない立場、許される立場にいるというイメージを与える。

 最初から怒りのパワーを全開させたのは、それによって場を支配しようとしたからだ。これはワンマン型のリーダーにありがちなコミュニケーションパターンだ。しかも、この発言によって、気持ちを落ち着かせ、感情を一度クールダウンしてから出てきたという印象がなくなり、怒りが沸点に達したまま会見を開いたように見える。感情をコントロールできないリーダーと思われても仕方がない。


本人は淡々と落ち着いて話しているつもりだろうが……

 話し方もマイナスだ。全体的にきつく尊大な口調で、時おり語気を強める物言いは、自分は偉い、自分が正しいと思っている印象を与える。独特の間や抑揚、芝居がかった口調も、人を見下したように思われやすい。おそらく本人は淡々と落ち着いて話しているつもりだろうが、聞いている側にとっては、感情のまま圧力をかけているように聞こえてしまう。

 そのような話し方で、栄氏について「その程度のパワーしかない人間」と発言し、声を荒げたのだから反発が出るのも当然だ。組織内では栄氏が部下という上下関係があるのもわかるが、「自分こそがパワーを持っている人間なのだ」という自意識の強さが表れたと言える。

 伊調選手の道場の使用についても、「私が使わせると言えば、いつでも使うことができる」と語気を強めたのも、自分が圧力をかけ、命令することができる立場を強調したにすぎない。パワーを持っているのは栄氏ではなく自分なのだと示したかったのだろう。自分を認めさせたいという欲求が、そこから垣間見える。権力や地位を持つ人間がそれを誇示すると、支配欲と高慢さだけが際立ってくる。結果、学長からは部下を擁護しよう、守ろうという姿勢が見えなくなった。


心理学者のポール・エクマンの言う「軽蔑の微笑み」

 仕草と表情は、無意識のうちに本音や感情を露わにするので、会見では要注意である。例えば学長は、威圧的な発言をしながら、顔を動かすことなく、何度も鋭く冷たい視線だけを素早く左右に走らせていた。このような場では、普通、周りの反応を見ようと顔を左右に動かすだろう。鋭く視線だけを素早く走らせるのは、周りの反応を気にせず、質問した相手をチェックするためにほかならない。常に細かい所までチェックし、すべてを把握しなければ気がすまないという、支配的なマネジメントスタイルが、その仕草から想起される。

 人について話す時は、表情の端に好き嫌いがにじみ出ていた。伊調選手について話している表情を見ると、好感を持っていないことは一目瞭然だ。「そもそも、伊調さんは選手なんですか」と言った時は、一瞬、眉間にシワを寄せて顔をしかめた。口調も高圧的。「選手でない人、五輪を目指すはずがない人」と言いながら、唇を横に引いて冷やかな笑みを浮かべた。この微笑みは、心理学者のポール・エクマンの言う「軽蔑の微笑み」に似ている。心の中にあるマイナス感情を、無意識のうちに微笑みで隠そうとしたものだ。


仕草や表情から本音を見抜いてしまう

「 伊調さんを批判しようとは思いません」と言い終わると、唇を隠すように巻き込み、唇をなめた。この仕草も、そう言ったもののストレスが強くなったために表れたものだ。学長は自分がこのような仕草をしていることに、おそらく気がついていない。だが見ている側は、意識せずとも仕草や表情から本音を見抜いてしまう。


 栄監督の娘に対する報道には抗議するとしながら、伊調選手にはマイナス感情を示したことから、学長の弁にあった“えこひいき”の臭いさえ感じてしまう。中立性や公平性、そんな言葉も頭をかすめる。

 言葉使いも否定や決めつけが多いため、思い込みが強く、意見を押し付けるタイプだと思われる。語ったエピソードも「私が」と自分中心のことが多く、すべてに自分を優先させている印象だ。パワハラに対する調査も行わずにそれを頭から否定したことからも、論理より感情を優先させ、事実を見ずに自分の思い込みで判断を下すリーダーとみなされる。物議を醸した発言とマイナスイメージが強い表現の相乗効果で、谷岡学長の会見は反感を持たれたのだ。

 そんなリーダーが組織を率いる場面を想像すれば、自ずと組織自体に対するマイナスイメージも膨らんでくるというものだ。組織を代表して会見を行うなら、内容だけでなく、表現にも気を使わねばならない。

 謝罪会見などではマニュアルが作成され、政治家などにもメディアトレーニングが行われるのはそのためだ。感情的にならず冷静に落ち着いて、言葉使いには気をつけ丁寧に、手や身体の動きや表情に注意する。リスク・マネジメントが必要な局面は突然やってくる。そんなとき、谷岡学長を他山の石として、「見られている」感覚を忘れてはならない。〜


 反感を買うような会見となったのは事実でしょう。そのことに何かしらの意図があったか否かを知るすべはありませんが、転載したこの分析は大変勉強になります・・・。

posted by Nakcy at 09:48| 雑記 | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

ポスティングのルール

 今日も気持ち勇んでポスティングです。バイクにやや控えめにレポートを積み込んで自宅を出発したのは8時50分。しばらくは指先が冷たく感じましたが、次第にその感覚は薄れてリズムよくSTOP&GOを繰り返しました。

 途中、庭先のガレージで大型バイクの整備を行っている紳士がおりました。そのバイクの横に神々しく鎮座していたのはピッカピカのHONDA BEAT(←クリック)です。平成3年から平成10年まで発売されてたBEAT。本田宗一郎氏が最後に見送った4輪車としても巷では有名です。あまりにも綺麗な外観を目の当たりにし、紳士に話しかけずにはいられません。しばしHONDA車談議に花を咲かせました。(笑)

 さて、定期的にかれこれ11年続けているポスティングですが、これまで数々の声をいただいています。その中の一つ。大要「我が家の郵便受けに入っていない!」という声があります。そこで以下、ポスティングにまつわる私的ルールです。

 @個人的に繋がりがあるお宅は別ですが、これまで藤井上下以東には基本的にポスティングは行っていません。
 A通りから郵便受けが確認できないお宅は通過します。
 B郵便受けに「チラシは入れるな」と書かれていたり、同様のプレートが貼ってあるお宅は通過します。
 C私に対し、敵意を持っていると推察するお宅は通過します。
 D基本的に集合住宅には入れません。

 さらに、私の中では上記の5つの他重要な2つのルールがあります。しかし、それを公表するのはちょっとだけ角が立つので控えます〜。個人的にお尋ねください。(笑)

 意図せずうっかり入れ忘れてしまうこともありますし、毎回はお届けできない地域もあります。人様に任せずポスティングはすべて一人で行っていることもご理解いただければ幸いです。

 ご連絡をいただければ、毎回確実にお届けさせていただきます。


posted by Nakcy at 00:00| 雑記 | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

『陸王』第7話

 日曜劇場『陸王』第7話。次女と一喜一憂しながら楽しみました。2人で声をあげて喜んだのがこのシーン。私の実家の極々近く。第2話でも使われた鴻巣市郷地の農道です。

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 FBを通じて場所の問い合わせがありましたので、偉そうに(笑)解説するとこんな感じになります。お分かりいただけるでしょうか?土地に馴染みがないと難しいかな??

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 この写真で私が立っている場所と解説写真で「茂木裕人」が映っている場所はほぼ同じであることは間違いありません。 どうでもよい情報ですね。(笑)

 『陸王』のドラマ化で行田市の経済効果は1か月で1.5億円(←クリック)とのこと。羽生市がよく使う「経済波及効果」という曖昧なものではありません。ズバリ「経済効果」です。ドラマの最終回は24日。しかしその効果はドラマ終了後もしばらくは続くことでしょう。

 『のぼうの城』の映画化で行田市が盛り上がったのは5年ほど前。今回の『陸王』で行田市と鴻巣市は市役所を巻き込んで大変に盛り上がっています。ドラマの展開からして行田市長が登場しちゃったりすることがあるかもしれませんね〜。(笑)

posted by Nakcy at 16:57| 雑記 | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

回想偶感

 私が選挙のイロハを学び、また主宰者の一員として参加した「若手政治家養成塾」。現在、具体的な活動は休止しております。しかしながら、HPで事務局の連絡先は私になっておりますので、度々立候補に関する相談の連絡をいただくことがあります。まぁ〜そうは言っても、ここ4年くらいはほとんどありません。

 それ以前は遠いところだと北海道から、近くは県内の複数の若者から連絡をいただきました。そのとき決まって申し上げたことは、大要「養成塾は活動休止中であるため、塾でのバックアップはできない。」「私個人として話を伺い、助言するのみ。」ということ。その了解を得たうえで、実際にお会いした方も何人もいます。それがきっかけとなったのか?否か?はわかりませんが、実際に立候補し、当選した方もおりますし、落選した方もおります。

 しかしながら、大変残念なことに、それらの方々で選挙後に連絡をくれた方は1人。その1回しかありません。お世話をしたと言ったら烏滸がましいのかもしれませんが、そのような対応、態度はちょっと礼節に欠いているように思えます。

 なぜ突然にそんなことを思い出し記したのか???

 今日は所用のため強風の中、車を北に走らせました。さほど遠方ではないにせよ、高速道路を使えばすぐだったのですが、下道ドライブです。そのドライブ中に、10年ほど前、各種相談を受けた若者の連絡所看板を見かけたからです。先方は熱心に羽生まで通ってきました。経験と知識を伝え、自宅に残る印刷物など若者に差し上げたりと、相当な時間を割いたと記憶していますが・・・。それっきり。先方は今では随分と活躍している様子。しかしながら、私としては複雑な感情が入り乱れます。

 いろんな人がおり、パズルのように組み合わさって世の中が形成されていることは百も承知。そうであっても生きていくうえで、義理と礼節を欠いてはいけないな〜。なんてあらためて思い返した次第です・・・。

posted by Nakcy at 22:47| 雑記 | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

勝海舟の言葉

 不特定多数が見るこのブログで、具体的なことを申し上げられないことに対しお詫びいたします。だったら載せるな!との声が聞こえてきそうですが、載せずにはいられない心境なのです。

  行蔵は我に存す
  毀誉は人の主張
  我に与らず我に関せずと存じ候
  各人へ御示し御座候とも
  毛頭異存これなく候

 自分自身が羽生市議会議員として存在する価値と意義について考えさせられる日が続いています。

posted by Nakcy at 19:23| 雑記 | 更新情報をチェックする